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2011年05月04日

稲恭宏という儚いお方へ



以下、
稲氏のYou Tube動画に対しての私のコメント。認証中なので皆さんが読めるかどうか不確かなので当ブログにUPします。またMIXIでの稲氏の主張に感銘を受け、動画をアップしていた方の日記に対する私のコメントです。


<You Tubeにおけるコメント>
 稲さん、一人でもがんばるとの事ですので、どうぞ福島第一原発から避難した皆さんに、「これがいい機会です。あなたが元気になり長生きできるチャンスです。ですからできるだけ原発に近づいてたくさん放射線を浴びてください」と一人一人説得してまわっていただけることを待っています。

 また自己の主張の説得性を担保するために、東京大学、ハーバード、或いは自分の科学雑誌に載せられた論文を読め!と外部根拠に頼ることは、判る者にはそうとうあなたの云っていることは論証のない講演ということを理解できるくらいのことは覚えておきましょう。

 それでも1000ミリシーベルトパーアワーはO.Kですか。「その放射線を浴びて、皆さん健康、長生きしましょう!」との説得お待ちしております。

 講演でおっしゃられているように、一人でも日本に残ってやる!やるんですよね?期待しております。

 できれば福島第一原発から避難されている皆さんが喜んで納得、賛同されたか?お返事くれたら嬉しいです。

渡辺淳 s00015jw@gmail.com


<MIXIで同じ動画をUPされていた方に対する私のコメント>
稲さんの存在は知っておりましたが、この動画を観るにあたり、あたかも稲さんの主張される低線量率放射線療法が医学的な「定説」だと勘違いされる危険性に配慮するべきでは?

 必ずある有力な学説、研究にはそれを論駁あるいは、論駁しようとする研究があり、それらを勉強することで自己がどの学説を取捨選択するかが大切かと。例えば内部被曝に関するペトカウ効果を知っているか否かで稲さんの学説、主張に対する認識も変化を及ぼすでしょう。

 それから稲さんの主張の間違っている点。「福島第一原発はチェルノブイリと違い、原子炉圧力容器、及び原子炉格納容器に全く損傷がないという部分。」ですが建家をふっ飛ばした水素爆発それに続くメルトダウンで規模はどれくらいかは判らないが、原子炉圧力容器及び原子炉格納容器に損傷があるというのは、一次情報及び報道によって自明な事。

 そこで現在、チェルノブイリと同じ事故になってしまわないように原子炉自体の大爆発の危険性を何とか抑えようと、薄氷を踏むかのように(未だに)一号機のみ、水棺する作業(これ自体これまでの原発の構造では考えられない方法)、または窒素を注入することで原子炉自体の水素爆発を忌避しようとしている危険な状況には触れられていない、点はどうお考えでしょうか?

 ですが一情報として、◯◯さんのこの日記は非常に重要なものだと解釈いたしました。

以上。


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posted by 自分 at 21:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 原発関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

溶融が始まっているとはどういう事か?

 友人から新聞報道の「炉心溶融が始まっている」とはどういう状況なのか?との質問があり判りやすく起こっているであろう状況に答えてみる。細かな点は間違いがある可能性に注意。私は原発の専門家ではないので。

 原子力発電の燃料は、ペレットといわれる二酸化ウランを固めた小さな数センチの燃料の元になるものを、ジルマニウムという金属でできた管の中に直列に入れてられている。これを「燃料棒」という。

 この燃料棒の「束」が炉心(原子炉圧力容器)に入れられ、水で冷やされている状態。水は核反応を起こすにも必要であり、また核反応によって出た熱を冷やす、放射能を閉じ込める機能を持っている。今回の震災、津波により稼動していた原発では核反応を停止させる制御棒が入って、停止。この点がチェルノブイリとは違う点。燃料棒が入っている炉心で核分裂が進む事態にはなっていない。

 しかし炉心内の燃料棒は水を入れ、循環させて冷やさなければならない。使用済み核燃料でさえあと2年は常に水を入れ循環させ冷やす必要がある。

 地震、津波により電気はストップ。通常ならここでディーゼル発電機によって自家発電をすることで、燃料棒が入っている炉心に水を入れることで安全を保つはずであるが、13機あるディーゼル自家発電機は、運手していなかった6号機に使う1台のみをのこしてすべて使えなくなった。つまり燃料棒を循環させ冷やす術は全て失っている状態。

 そうするとどうなるか?水の中に入っている燃料棒は熱をもち、水はどんどんと蒸発していく。ガスが出ることで炉心の圧力があがったために水素爆発を起こした。

 燃料棒を冷やしている水がなくなり燃料棒が水面から露出すると、どんどんと熱が上昇。まずペレットを入れていたジルマニウムの筒がとけて中の燃料、ペレットが露出してくる。この温度が約1600度。次にペレット、燃料自体が溶け出す。これが約2800度。

 今はこれら燃料棒の束が水から露出し溶けてどろどろとなった状態で炉心、原子炉圧力容器に落ちているであろう。この状態が「溶融」しているということ。熱を持ちガスが発生した燃料棒が入っている原子炉圧力容器はガスを抜いてやらないと爆発を起こす。この緊急事態のためにガス抜きの弁を開くための電源は上記で説明したように失われている。

 原子炉は冷却、圧力を下げる緊急の防御が三重、四重となっているのであるが、それも全て電源喪失、その他損傷のために働かなくなっている。

 水で冷やさない限り、「燃料棒の束」は溶け出し溶岩のようにドロドロの状態で原子炉圧力容器をつきやぶることになるであろう。これがどこまで進んでいるかは判らない。ただ上記したように燃料棒を冷やす冷却システムもガス抜きして爆発を防ぐシステムも全て使えなくなっているということ。

 原子炉圧力容器を守る、つまり放射性物質の大規模な拡散を防ぐ最後の砦が原子炉圧力容器を覆っている、原子炉格納容器。政府はやっと1号機に水素爆発を防ぐために窒素を注入したが圧力は上昇。爆発もしくは、大規模な放射性物質が拡散する可能性刻一刻とせまっている。この状況が1から3号機全てで起こっているであろうということ。

 上記の分析から、危機的状況にあるという事をしっかりと認識せよ!

http://twitter.com/s00015jwにて原発に関する情報及びその解釈をリアルタイムで書いています。より多くの情報をほしい方は参考にされてください。

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posted by 自分 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 原発関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

福島第一原発「五重の壁」に関する説明

■福島第一原発「五重の壁」についてツイッターで説明したものをUPします。

1.原発に関する「五重の壁」の嘘、マスメディア報道の無知、専門家の言説の詐欺行為を以下説明する。マスメディアや専門家が云っている第一の壁とは、ペレットと云われる二酸化ウランをかためてある燃料そのもの。まあ固めてあるという意味で第一の壁と無理やり云っているのであろう。

2.第二の壁とは小さな燃料であるペレットを直列に配置するためのジリコニウムという金属でできた管のこと。この中にペレット(燃料)を入れる。燃料棒と云われているのはこのペレットが入ったジリコニウム菅のこと。ジリコニウム菅そのものは非常に薄いもので、核燃料の熱を冷却しなければ容易に溶解

3.第三の壁が実質的な意味での「壁」である。それは原子炉を覆っている原子炉圧力容器という10数センチでできた鉄板。しかし現段階では燃料棒が冷却水から露出して溶解することでこの実質的な意味の第一の壁は使い物にはなっていないであろう。

4.現在問題となっている(前のツイート参照のこと)放射能を閉じ込めるための機能を果たす第四の壁(説明してきたことから云うと実質的には第2の壁)が原子炉格納容器。これが水素爆発によって損傷を受け、放射能をリークさせている。厚さ20_から30_から成っている。

5.燃料棒を完全に冷やすことができない今、最後の砦である原子炉格納容器の圧力、温度があがり爆発の可能性が迫りつつある。爆発までしなくても大規模の放射能のリークの危険性があり、政府は何としてもこの最後の砦を守ろうと窒素注入したり、その場しのぎの対応を出来ているに過ぎない。

6.第五の壁と云われるものは、原子炉建屋。これはただのコンクリの壁であり放射能を外に出さないための機能は持ちあわせていないし、ぶっ壊れているのが誰にでも判っている今、お話しにならない。

7.理解すべき点、最後の砦である原子炉格納容器がその中の核燃料が空焚き状態となっているために予断を許す状況ではないということ。温度上昇、ガスの発生、圧力の上昇でいつまでもつか判らない。以上、1−7まで、五重の壁の嘘を説明したが、国民の安全がぎりぎりのところであることを知るべき。


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2011年04月08日

渡辺淳が書いたテクストを読みたい方へ

mixiでも書いています。プロフィール検索で「渡辺淳」で検索。mixiキーワードでは「社会学」で検索してみてください。最近、書いたものは当方のブログ「社会学的作法Blog」よりもmixiほうが多く、読みやすく書いています。興味がある方はどうぞ。

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タグ:mixi テクスト
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「最悪の事態とは何か?」原発に関して

原発事故に関して、「最悪の事態とは何か?」との質問に対しての私の答えです。

ツイッターhttp://twitter.com/s00015jwで呟いたものをUPします。

1.友人からのメールで私が想定する「最悪の事態とは何か?」という質問の答えを以下転載する。

2.一番危険なことは核燃料が溶け出している状態。もう当初、一番恐れていたメルトダウンは起こっているであろうということ。そしてそれをカバーしている原子炉圧力容器も核燃料が溶けてドロドロになった状態であろう。

3.原子炉圧力容器をカバーする最後の砦である原子炉格納容器内の圧力上昇、温度上昇。原子炉格納容器が、放射能を拡散を防ぐものである。既に損傷しているが、政府が一番恐れているのは原子炉格納容器の爆発による大規模な放射性物質の拡散。

4.政府は、とにかく原子炉格納容器の水素爆発を防ごうと窒素を注入し、なんとか爆発を抑えようとしているところ。しかしこの行為も甚だ心もとない。

5.「最悪の事態」とは、一号機から四号機のどれか一つで原子炉格納容器が爆発や何らかの原因で吹っ飛んでしまったときに、もう今やっているマンパワーでの作業さえできないくらいの放射能が第一原発付近を充満し、現在行っているその場しのぎの作業さえできなくなるということ。

6.そうなった場合、連鎖的に第一原発の他の号機が同じ道をたどるであろうということ。想定するこういった状況で日本人の性質としてパニックになるか、或いは政府が東京も含む関東圏に避難指示を出すか今は予測できない。

7.であるから、もうぎりぎりのところに我々はいるんだという価値が国民の共有認識になる前に動く、準備しておくということ。それにはお金、パスポートは必ず必要であるということ。

8.吹っ飛んで皆一緒に死ねばいいや的な考えもネットであふれているが、胎児、幼児から始まって死が近づくのは数年から10年先になり、皆、徐々に苦しみながら死んでいくということ。簡単に何の痛みもなくあっという間に死んでしまうという、悲しいハッピーエンドはないということを認識すべし。

9.最も正確な情報を流している人は、元原子炉格納容器の技術者、設計者であった「後藤政志」さん。この人は3月15日の段階でできるだけ福島から離れることを云っていた方。この人の動画がアップされていると想うから参考にすること。以上1−9が「最悪の事態とは何か?」についての私の考え。


http://twitter.com/s00015jwにて原発に関する情報及びどう解釈すべきかツイートしているので参考される方はどうぞ。

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福島原発 −死にますか?生きますか?−

原発に関しての私の分析をツイッターhttp://twitter.com/s00015jwにてやっています。参考にするか、しないかは皆さん自身が判断してください。

今、政府、東電のド阿呆さを問題にする時ではなく、批判はなるべくさけますが。菅総理の指導力皆無、そして一時期、産経新聞などで枝野の対応を賛することを書いていましたが、枝野も笑ってしまうぐらいダメという事に気が付きましょう。

それから国家の危機の時に、原発収束後(はたしてそんな事はあるのか、あるとしたら何年後なのか、または何をもってして収束とするのかは今は触れません。)の批判を恐れて政府与党とタッグを組むことを拒否した自民党、谷垣も大罪に値しますよ。もちろん、とんずらこいてる東電の清水も大罪に含まれますが。



●批判はこのくらいにしておきます。私のツイッターの宣伝でした。
http://twitter.com/s00015jw


最後にツイッターの重さでリアルタイムで情報を発信することにイライラしているのは私だけでしょうか?

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posted by 自分 at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | イベントなど情報の告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月04日

僕が虚無だった頃の日記

■酔っ払った勢いで遠い、遠い昔の蒼き日、僕が虚無に陥っていた頃の日記をアップしてみようと想います。なぜアップすることにしたのか、いろいろ考えてみましたが答えがでませんでした。僕があの頃、どんな事を考えて、そして生きて、今も生き続けているかに触れてみてくださった方がいらっしゃったら嬉しいかぎりです。

■付け足しました。誤解を招かないように、この文章を書いたのは10年以上前のことで、今の僕はこういう思考法を脱構築しています。ただ10代、20代の少しおセンチな方にとって生きることは「不条理」であり、今、現在、そういう年頃をお過ごしの方に読んでもらえたらなと。ですがテクストというものは、いかようにも読まれるし、読まれるべきものであるから、解釈は皆さんに委ねます。


「ある阿呆の手記」
以下の文章は私が創設した慶應義塾ヒッチハイクサークルのメーリングリストに流したメールを、そのまま転載したものである。

友人一人一人に遺書めいたことを書くような野暮なことは致しません。僕は旅に出ようと思います。それは生と死を思惟する旅です。「生」と「死」は分離して実態していることはありません。「生」は常に「死」との差異のなかに存在します。だから必然的に「生」を考えることは「死」を考えることになるし、またその反対も云う事ができる。今、僕は非常に困惑した情況の中にいます。それを一人で旅に出てゆっくりと考えてみたい。

僕にとってこの社会はとても生きにくい、いえ、それとも単に僕がこの社会に適応できないのかもしれません。今の僕にはこの社会に対して強い執着を持つことができないのです。懊悩、憂悶、不安、恐怖、悲哀につくづく疲れたと思ってしまう。どうしようもない脱力感、自分に対する無力感でいっぱいです。

それでも自分に意味を見出していた頃もあったんだ。僕は社会学者になろうと思った。清水幾太郎のような、社会問題にアカデミズムの観点から果敢にいどんでいく社会学者に。そのために、学問もした。必至であった。なぜこの社会が生きにくいのか?なぜ人は孤独なのか?なぜ真理などは存在しないのか?それと真理など存在しないという真理を提示しているパラドクス。僕はこれらの問いにアカデミズムの観点から誰より明確に答えを提示できる。

提示できるなら、では、なぜ生きていることに、これほどの苦しみを味あわないといけないのか?いくら学問をやったとして、実存の問題としてその回答を真に受け入れることができない。この虚無よ。結果として僕は今日も苦しみ悶絶することになるのです。学問は真の意味で生きる思想とはなり得なかった。

本当は昔から気がついていたのです。僕には何もないということを。自分の無能さは他人を饒舌な口ぶりでだますことはできても、自分自身をだますことはできない。苦しい、悲しい、泣きたい、愛してほしい、抱きしめてほしい。独り善がりのたわ言と罵ってくださっても結構です。脆弱な奴だと嘲笑ってくださっても構いません。それでも僕にとってこの社会で普通に生活していくことを考えると発狂しそうな恐怖に襲われるのです。

人の存在などは些細なものです。僕が死んだところで、何が変わりましょう?社会もいつも通りに回り続けていくだけです。僕の存在自体も数年もすれば、人々の記憶から消え去ってしまう。そんな生をまっとうする理由がどこにあるのでしょうか?まっとうという表現自体、自然死するまで生ききることが人生をまっとうしたと云うことができるのでしょうか。そこに何の価値があるのでしょう。

僕はこの数年、生と死について考えてきた。今度はぎりぎりの情況でしっかりと考えてみたいのです。僕が死んだとしてもどうか皆さん偽善的な悲しみなどしないでください。フンと笑い飛ばしてください。僕の存在などはそんなものなのです。

今、この文章を書いている僕には何の感慨もありません。時計のふりこが静寂の中で生と死を行き来しています。生きることに興味もなければ、死ぬことにも興味もない。ただ人間ですから希望として生を感受したいということはあります。それができない。苦しみを通り過ぎると虚無に陥ります。この虚無の状態を旅をすることで脱して非日常性に身をおくことで生と死を深く考えてみたい。

Hへ
旅立って1ヶ月しても僕が戻って来なければ、僕はこの世にはいません。すまないが後の事は君に頼みたい。以下のことを伝えてほしい。姉と大学側に僕の事を伝えてくれ。姉には旅に出るとだけ伝えてある。それまでは心配をかけたくない。僕の遺骸は見つからないだろう。そのようにするつもりです。しかし、もし見つかるようなことがあったら、葬式はしないでほしいと姉に伝えてほしい。骨は沖縄の海にまいてほしい。今帰仁あたりの美しい海に。後の残りの骨は渡辺家ではなく母方の卜部家の墓に埋葬してほしい。僕の持ち物は、ほしければ誰かにあげてください。YやUさんに興味のある著書があれば、遠慮なく持っていってほしい。その他、いろいろと迷惑をかけることもあるだろうが、よろしく頼む。僕はこれまで我がままに生きてきた。自慢できることではないが、それだけは胸を張って云える。今回も誰に罵られようと、また青臭いと云われようとも、自己の思い通りにしようと思う。

とにかく今の僕には一人になって考える時間が必要なんだ。1ヶ月後また再会することができたならば、酒を交わそう。

J.W

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タグ:自殺 逃避
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2011年03月28日

最近、テレビの報道に混乱されてる方々へ

福島原発.jpg 皆さん、こんにちわ。僕は明日が誕生日です!だなんて、今、この社会の状況を考えて自分の誕生日を祝う気にもなりませんが・・

 この状況というのは申すまでもありませんが、震災及び福島第一原発の事故に伴う混乱状況のことです。

 疎開論が出始める以前から、僕は原発の情報を一次情報から取り、ミクシーにおいて「かりに僕が茨城に住んでいたら、とっとと茨城を出て西へ向かいます」と書きました。それからさらに情報を取ることで今度は福島から200キロ離れた「都内にいても、とっとと都内をでます」的発言をしました。

 どんな批判、罵倒でも受け付けますと、プロフィールでも書いていますから、もちろんありがたいコメント、メッセなのですが、それでも「平和ボケ」だとか「事を荒立てるな」といったご意見頂きました。

 今、震災から2週間以上経て、福島原発からの放射能汚染が伝わる中、僕が過去の日記において書いた「関東圏から避難する」といった発言に同意してくれる方々も多くなっているのではないでしょうか?実際、名指ししませんが「茨城」のある大きな街は既にゴーストタウン化しているようです。

 少し前おきが長すぎました。僕は僕の主張の正しさを皆さんにお話ししたいのではなく、恐らくは皆さんが情報を取り行動の判断とするであろう大きなメディアである「TV」地上波の情報の発信の仕方とはどういったものなのか?ということに触れたいのです。

 余談ですが僕は「TV」は見ません。必要ではないので持ってもいません。それでも、それなりの情報を取ることはできるし、むしろ「TV」地上波を見ている方よりも「主体的」な判断をできるとさえ想っています。

 それは、どういうことなのか?

 皆さん、「ダブル・バインド」という言葉、「概念」を聞いたことはないでしょうか?「ダブル・バインド」とは、ベイトソンという思想家の提示した理論及び概念なのですが、いわゆる精神に病を抱えた方々のコミュニケーション研究から出所し、社会科学に大きく影響を与えたものです。

 こんな事を書くと小難しく感じ、読むことが嫌になってしまいそうですが、何も難しいことではありません。 「ダブル・バインド」とは端的に、相矛盾するメッセージを受けたっと者が、メッセージの論理的な矛盾のために行動不能に陥ってしまうことを云うのです。相矛盾するメッセージから「二重拘束」とも呼ばれています。

 もう少し判りやすく説明します。 例えば、母親が子供に一方で「愛しているよ」と言葉で表し愛情表現する。しかし、また一方で子供を抱きしめなかったり、怒りをあらわにすることで、最初の「愛しているよ」とうメッセージとは論理的に矛盾するメッセージを子供に送ってしまう。子供は自分が愛されているのか?、それとも愛されていないのか?どう理解していいのか解らなくなってしまい、結果としてうまくコミュニケーションができない、つまり行動不能に陥ってしまう。こういったことを心理学や社会学では「ダブル・バインド」、二重の拘束と呼んでいるのですね。

 TVの話にもどりましょう。どうぞ、皆さんよくTVの情報の提示の仕方に気をつけてご覧になってください。一方では福島原発事故に関して、自衛隊の「統合幕僚長」が出てきて日本の「国家的危機」と云う。また一方では解説員が「自衛隊、消防庁による放水によって、明るいきざしが見えてきた」とのたまう。さらに、一方で自宅待避の30キロ圏外からも高濃度の放射線が検出されたと情報があれば、一方では今すぐには健康を害するものでは全くないと、専門家が、僕達自身の生命に関わる問題にでかい態度でしたり顔。はたまた、チャンネルを変えてみると平常の娯楽番組が何事もなく放送されていれば、疲れきった僕達に「がんばれ日本!」だなんて、いらないおせっかいを焼いてくる。

 お判りでしょうか?TVの情報自体が既にダブル・バインド、二重の拘束的な情報発信しており、いえ、もっとナイーブな方々には二重の拘束以上、三重、四重の拘束でもって情報を伝えてくる。そんな不安の根源であるようなTV自体が「情報が錯綜して、どうぞ混乱しないでください」と視聴者に訴えかける。こういった状況でTVを観て不安にならない方が不思議なくらいで、困惑、憂慮している「あなた」の方が至って「正常」であると認識して頂いて大丈夫です。

 では、そんなダブル・バインドな情報の渦の中で僕達はどうしたらいいのでしょうか?

 答えはあります。けれど、この文章を読まれて立腹される方がいらっしゃっても、僕は答えを提示しようとは想いません。長文読んでいただきありがとうございます。どうぞ皆さん、自分自身で、どうすればいいのか?ということを考えてほしいのです。僕が答えを提示するにしても、どっちにしろ皆さんは理性的に考えるという作業が必要になります、必ず。

 ならば僕は、答えを提示せずに、皆さんが錯綜するTVの情報に振り回されることなく「主体的」に自己決定し行動できるよう、考えるという作業に僕の文章を読むことで入っていってもらいたいと想うのです。

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2011年03月17日

福島原発事故の解釈について

社会学的作法Blogをご覧の皆さんへ、以下、先ほど友人にメールしたものです。参照してください。

http://twitter.com/#!/s00015jw
重複メールしていたら申し訳ありません。昨日までは関東圏のみの友人に原発事故に関する一次情報および私の考えをメールしていましたが、このメールは日本にいる全ての友人に送っています。重複することがあると思いますがすみません。

これ以降の情報はツイッターにて、リアルタイムで行っていきますので、どうか確認お願いします。ツイッターに繋がらない場合はs00015jwで検索してください。テレビという権威のあるメディアでは云えないこと、云ってしまえばとんでもないことになる情報の社会学的考察をリアルタイムでやります。

もう皆さん今の段階で会社や外出するという状況ではない、リアルタイムで自己が原発と関東における計画停電の情報を仕入れて、自らがどう行動するかを決断しなければならないということを、どうか再認識してくださいね。

そして関東の友人方に再度の申出。関東における全面停電に陥る前に、また福島からできるだけ遠くに離れられなく前に、つまり関東を出ることができなくなる前に行動すること、それの行動の決断を政府、マスコミにたくすことなく判断してくださいね。

以下、一次情報、それに近い情報をどう解釈すべきかhttp://twitter.com/#!/s00015jwツイッターにて、説明していきます。
自己決断のために参照お願いいたします。
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2011年01月11日

出逢いの風景

2010091917270001.jpg
 僕は恋をしたんだ。
 
 その夏、僕はヒッチハイクで北海道を旅していた。原生林の静寂さと、ひたすら真っ直ぐな路の彼方から吹寄せる風は爽快であったが、僕は鬱々としていた。理由は判らない。ただ憂鬱から、居ても立ってもおれず旅に出るのである。けれどいくら旅を続けても憂鬱はつのるばかりで、この旅をしていること自体に意味があるのかと自問してしまう。ただ一つ旅をしていて云えることがあるとすれば、僕は恋をしたのだと。
 
 その日も僕は憂悶を抱えながらヒッチハイクをしていた。不意に一台の車が止まってくれた。すかさず車へと乗り込むと、行き先を聞かれたが端と困ってしまった。僕には目的地がないのである。女性の行き先を聞き、自分もそこまで行きたいのだと訴えた。
 
 彼女の名は奈未といった。奈未の肌は純白の絹のように繊細で、運転中遠く先を見やる視線は何か、とらえ所のない壮麗な芳香がした。けれども外見とは違い奈未はとても闊達に話し、車中、僕は奈未から質問ぜめに戸惑いながらも、その出逢いに運命的なものを感じざるを得なかった。
 
 今は夏休みで神奈川からヒッチハイクでやってきて北海道を旅している事を告げると、奈未は感嘆し手を叩いて喚声を上げた。僕は苦笑しながら手放しとなったハンドルを気にかけていた。奈未は静内への帰路とのこと、
「牧場しかない小さな町だけど、お馬さんが沢山いるのよ」と無邪気な微笑を浮かべた。
 
 静内に到着すると、僕がどんなに断っても、奈未は自分の家へと僕を連れて行こうとした。ただ純真に何の警戒心もなく、
「8月の北海道はもう秋よ。野宿するなんて風邪をひくわよ」と僕を解放しようとしない。その晩、僕は生まれて初めてジンギスカンを食い、初対面の女性の家に泊まった。
 
 あくる日、僕は丁寧に礼を云って別れた。奈未は、やはり無邪気な微笑を湛えていた。旅の目的がないのだから出発したのはいいけれど困惑してしまう。ただ静内から真っ直ぐ進めば襟裳岬があるので無理やりそこに向かうことをモチベーションとした。数台ヒッチして、車中、僕はずっと奈未のことを考えていた。そして何もない襟裳岬は孤独な僕を、一層孤独にさせた。僕は奈未にもう一度逢いたいとの趣旨のメールを送った。
 
 それから数日間、釧路、網走、知床、旭川、富良野を旅して静内へと舞い戻ってきた。充実した旅とはどんな旅のことを云うのだろうか。僕の旅には常に陰鬱とした何かが憑きまとっていた。これまでどこを旅しても同じである。それを拭い去るために先へと進む。それでも憂鬱は執拗に襲ってくる。それが僕の旅なのである。
 
 静内で奈未は僕を待っていてくれた。それを彼女の口から聞いて、ぼんやりとした温もりを感じた。その夏、初めて喜びらしいものを感じていた。その年の春から僕は薬なくしては眠れなくなっていたし日常生活もままならなくなっていたのである。
 
 彼女と再会に際して僕は幽かな悪意のこもった嘘をついた。ワインを抱えて彼女のアパートを訪れ、旅で出会った方にもらったのだと嘘をついた。彼女と酒を呑むために、二晩考えた末のアイデアである。
 
 酒を呑むと僕は往々にして悲しくなってくる。いつも抱えている懊悩が表へと現れ、口数がどんどん少なくなっていく。ああ苦しい、悲しい。ついに彼女に病気のことを打ち明けた。泣きべそ顔である。我慢がどうしてもできなかった。
 
 その晩、僕は奈未の胸で身体が溶けるような眠りを経験した。それは深い深い海の底でゆっくりと海流に身を任せ、温かなものを感じながら-それは奈未の体温
 
 翌日から僕は奈未をアパートから仕事へと見送る身分となった。見送ると何もすることがなく時間が過ぎるのを待つ。ただ奈未の帰宅を待ち、そして今日も奈未の胸に抱かれて眠る。ただそれだけが僕の救いであった。死にたいほどの憂悶を抱える中での灯火であった。僕は恋をしたのである。
 
 その年の夏はずっと奈未の胸に包まれて夜を過ごした。今、毎日、女性の胸で甘えて眠る自分を想像すると、気味の悪さに死にたくなってくる。
 
 あの夏の僕は赤子であった。何もしていないのである。奈未が仕事から帰ってくると飯を作ってもらい、でかい顔をしてそれを喰う。風呂を入れてもらい体まで洗ってもらう。そうすると僕は今日一日、自分が何もしていないことに気がつき、その戦慄に恐い、恐いと呟いては奈未の乳房に顔を埋めて眠った。
 
 日に日に自分が情けなくなってくる。あの夏ほど、だめな自分で幸せだったことはない。
 
 奈未は現在、函館の方で結婚生活を送っているそうである。そう云えばあの夏、彼氏からよく電話が掛かってきていた。留守電に入る柔和な彼の声は、僕に子供がする悪戯の快楽のような感覚を覚えさせた。
 
 一期一会。僕は出逢いが織り成す愉快な風景を見て取る。彼女は新しい生活を始め幸せでいるようであるが、僕は相も変わらず憂悶に襲われ、現在は脳病院で療養中である。



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